活発なのに、繊細。矛盾を抱えたまま、私は英語で世界とつながることに決めた
本当に今日は少し、自分の話をさせてください。
活発に、思いついたらすぐ飛び出したい。なのに同時に、人一倍繊細で、疲れやすい。そんな矛盾を抱えながら生きてきた私が、なぜ英語をミッションに選んだのか。今日はその話をしようと思います。
「HSS型HSP」「ADHD」という言葉を、最近になって知った人もいるかもしれません。あるいは、ずっと前から「自分はなんだか人と違う」と感じながら、その正体が分からずにいた人もいるかもしれません。肩の力を抜いて、読んでもらえたら嬉しいです。
【体験談】4歳の記憶と、母を泣かせてしまった中学受験
私の人生で一番古い記憶は、4歳の頃のものです。絵本『ベントリービーバーのものがたり』を読み聞かせてもらっていたとき、物語の登場人物の感情がまるで自分の中に流れ込んでくるかのように感じて、涙が止まらなくなりました。周りの大人からすれば、ただの絵本の読み聞かせだったはずです。でも私にとっては、目の前の出来事の裏にある「場に流れる緊張感」や「人の感情」までもが、はっきりと感じ取れてしまう世界でした。今思えば、あれがHSP(Highly Sensitive Person)と呼ばれる気質との、一番最初の出会いだったのだと思います。
その感受性の高さは、大きくなるにつれて、時に苦しさにも変わっていきました。特に印象に残っているのは、中学受験のときのことです。運動神経も抜群だった兄は、塾に通うこと自体を「成績を上げていくゲーム」のように心から楽しみ、するりと第一志望に合格していきました。一方の私は、思うように結果が出せませんでした。疲れ果てた母が泣いてしまった、あの空気を今でも鮮明に覚えています。
「期待に応えられなかった」という自己否定感と、「母を悲しませてしまった」という罪悪感。この二つが同時に胸の中にドロッとした重いものとして残りました。誰かを責めたいわけではありません。ただ、あのとき確かに、自分の中に「頑張っても報われない」という感覚が刻まれたのは事実でした。
HSPとHSS、そしてADHDが同居するということ
心理学者エレイン・アーロン氏が提唱したHSP(Highly Sensitive Person)は、人口の約15〜20%が持つとされる気質で、外部からの刺激を人よりも深く処理する神経系の特性です。さらにその中でも、刺激や新しい体験そのものを求める「HSS(High Sensation Seeking)」の性質を併せ持つ人は、全HSPの中でも一部とされています。
HSS型HSPは、「新しいことに挑戦したい」という好奇心と、「刺激を受けすぎるとすぐに疲れてしまう」という繊細さが、ひとりの人間の中に同居している状態です。アクセルとブレーキを同時に踏んでいるような感覚と表現されることもあります。
そこにADHD(注意欠如・多動症)の特性が重なると、興味の対象がめまぐるしく移り変わったり、衝動的に動いてしまったりする一方で、感受性の高さゆえに周囲の反応や失敗の記憶を人一倍強く引きずってしまう、という状態が生まれます。活発さと繊細さ、衝動性と自己否定感。相反するように見える特性が同時に存在するからこそ、周囲からは「なぜそんなに動けるのに、そんなに落ち込むの」と誤解されやすく、本人もまた自分自身を説明しにくい。この「説明のしにくさ」こそが、生きづらさの正体のひとつだと私は考えています。
大切なのは、これは意志の弱さや努力不足ではなく、生まれ持った神経系の特性だということです。中学受験での挫折も、能力がなかったからではなく、当時の環境の情報量や心理的負荷が、私の特性に対して最適化されていなかっただけなのだと、今なら分かります。
人生最大の転機と、承認が起動させた「過集中スイッチ」
中学受験の結果、進学したのは渋谷・笹塚にある富士見丘中学校でした。当時の偏差値は40に届かず、誰もが第一志望に掲げるような華やかな学校ではありませんでした。けれど今振り返ると、この学校に進学したことこそが、私の人生で最も良かったことであり、最大の転機でした。
過剰なプレッシャーから解き放たれ、情報量が絞られたシンプルな教科書と、静かで美しい環境の中に身を置いたことで、それまでずっと張り詰めていた心理的な負荷が驚くほど軽くなりました。「これなら、私にもできるかもしれない」。そう思えたのは、久しぶりのことでした。
父は「進学実績も悪くないし、ここから頑張ろう」と、静かに声をかけてくれました。学校の先生たちも、私の小さながんばりを見つけては、朗らかに認めてくれました。その承認を受け取った瞬間、私の中で何かのスイッチが入ったのを覚えています。それは、ただ真面目に努力したという話ではありません。承認によってエネルギーが一気に踏み込まれ、持ち前のADHD的な特性、つまり「やると決めたら徹底的にやり切る過集中」が起動したのです。声に出して読む練習を、誰に言われるでもなく自分から繰り返す。気づけば発音を褒められ、テストの点数が伸びていきました。
この「承認が過集中のスイッチを入れ、爆発的な行動を引き出す」という流れこそが、私の成功体験の本当の正体でした。そしてこの経験が、後に慶應義塾大学へと進学する大きな転機の起点にもなったのです。今の私の学習設計の思想の原点は、まさにここにあります。
「承認」がADHDの過集中を起動させる理由
第二言語習得論(SLA)の観点から見ても、音読やシャドーイングは、音声知覚と意味理解を結びつける再現性の高い学習法として知られています。ただし、HSS型HSPやADHDの特性を持つ人にとって本当に重要なのは、学習法そのもの以上に、「承認」という心理的な引き金です。
ADHDの脳は、興味や意欲がないタスクには取り組みにくい一方、内発的な動機づけが起動すると「過集中(ハイパーフォーカス)」と呼ばれる、驚くほどの集中力と行動量を発揮することが知られています。この過集中のスイッチを入れる引き金のひとつが、周囲からの温かい承認です。「あなたのそのがんばりは素敵だ」という声かけが、恐れや自己否定から生まれる硬直を解き、行動へのエネルギーへと変換される。心理学者アルバート・バンデューラが提唱した自己効力感(Self-Efficacy)の理論とも重なりますが、承認によって「自分にはできる」という感覚が生まれた瞬間、人は自分でも驚くほどの行動力を発揮できるのです。
つまり、私が中学時代に得た手応えは、偶然ではなく、承認と環境が最適化されたときに、誰にでも起こりうる再現可能な変化だったのです。だからこそ私は、感覚や根性論だけに頼るのではなく、承認の設計と科学的な裏付けをかけ合わせた形で、この成功体験を再現できる仕組みを届けたいと思っています。
「大企業」というシステムとの不一致、そして天職からの独立
大人になってから、私は公益のために働きたいという志で、大きな組織に就職しました。けれど、そこで感じた違和感は、その組織固有のものではありませんでした。振り返ってみると、そもそも「大きな企業(組織)」というシステム自体が、自分に合っていなかったのだと思います。
椅子取りゲームのような組織内の力学や、年功に応じて評価が積み上がっていく線形の仕組み。それは、「やりたいことにどこまでもまっすぐ突き進みたい」というADHD特有の純粋なエネルギーとの間に、根本的な乖離がありました。当時、父に本音を漏らしたとき、「そんなことを言っていたら人間社会のどこでも生きていけないよ」と言われたことがあります。厳しい言葉でしたが、今振り返れば、それだけ私の中の違和感が本質的なものだったということでもあったのだと思います。
その後、業界ナンバーワンと言われる大手の英語コーチング企業に転職しました。ここでの日々は、間違いなく私にとって「天職」でした。優秀な仲間たちと、洗練された知見に囲まれ、自分の強み(個別化・共感性・成長促進・最上志向)を最大限に発揮できる、最高の環境だったのです。この会社で学んだことは、今も私の土台になっています。
ただ、その最高の環境の中で働きながら、私はひとつのことに気づいていきました。「毎日3時間、自習を継続させる」という指導法自体は、決して間違ったやり方ではありません。多くの受講生を確実に成長させる、優れた方法です。けれど、私自身のようにこれまでの経験の中で自己否定感を抱えている人にとっては、そのやり方では、途中で心が折れてしまうことがある。それも、また事実でした。
最高の環境で得た知見があったからこそ、私は「このやり方では救われない人たちを、心理的安全性と科学的・段階的な学習設計で羽ばたかせたい」と思うようになりました。前職を否定するためではなく、既存の素晴らしいやり方からこぼれ落ちてしまう繊細な人たちのために、もうひとつ温かい選択肢をつくりたい。その想いから、自分自身のアプローチを研ぎ澄ませ、「Ponpon Language」を創業しました。
ニッチを最適化して生きる
Ponpon Languageが向き合っているのは、日本国内に推定25万人、世界には推定1500万人いるとされるHSS型HSP×ADHDの層です。決して小さな課題ではありません。活発さと深い感受性を併せ持ちながら、これまでの環境の中で自己肯定感を下げてしまってきた人たちに向けて、私は自分の経験と学びを届けたいと考えています。
日々、自分の心や行動が少しずつ変わっていく中で、私が引き寄せる人間関係もまた、だんだんと温かいものへと変わっていきました。誰か一人のカリスマに依存するのではなく、恩師や友人、少しずつ見方が変わっていった家族など、多様な人たちから受け取った承認の積み重ねが、人を光の方向へと変えていく。そうした人間関係の流動性の中で、私はひとつの真理にたどり着きました。それは「自分から優しさと行動を差し出せば、同じ適温を持つ優しい世界とつながれる」ということです。私自身がその積み重ねによって救われてきたからこそ、今度は自分がその一端を担いたいと思っています。
Raise your wings🪽
HSS型HSPも、ADHDも、それ自体は特性にすぎません。活発に世界へ飛び出したい好奇心と、人一倍深く物事を感じ取る感受性。その両方を持っているということは、見方を変えれば、誰よりも豊かに世界を味わえる力を持っているということでもあります。
必要なのは、その特性に合った環境と、あなたの過集中スイッチを起動させる温かい承認、そして「そのままのあなたで大丈夫」と言ってくれる人たちとのつながりです。環境なのです。英語は、そのための目的ではなく、あくまで手段。自分の世界を広げ、優しく素敵な人たちと世界中でつながっていくための翼です。
世界は、思っているよりもずっと優しいところです。完璧じゃなくていい。今日、この一歩を踏み出せたことが、もう十分に価値のあることだから。
